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伊豆下田留学

二十代の頃にちょっと住んだ伊豆。

今回は友人に連れられ下田に行ってきました。

某W〇大学で英語を教えているサーファーの友人と板を持っての参戦です。

彼女の友人カップルが運営する宿 Guesthouse tabi-tabi(タビタビ)

多々戸と大浜というメジャーなサーフスポットでサーフィン。

それよりも楽しかったのは、タビタビという宿を運営するカップル、
ヤスくんとアンジェラのホスピタリティー。

夏はここ下田、冬は白馬で宿を経営。
英語力を生かして海外からのゲストが殆ど。
ノマドな生き方がいいね。

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貧乏旅行者向けに、イスラエルのキブツ制度のように、
宿と食事を数時間の労働力とトレードする方法で
世界中から手伝いの人が。

たまたま行った日の夜は手巻き寿司パーリー。
もちろん全編英語、海外みたい(笑)

しかしながら思ったけど、英語適当なのに、
全く物怖じせず、ずーと初対面のメンバーと楽しくワイワイする私。
英語教育、いや異文化交流教育をしてくれた両親に感謝。

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メキシコから来たエリ。 自転車修理やら大工やらなんでもやる。
「貧乏な国出身だからなんでも考えてやるのよ」って言ってて感心。
いい子だった。 作ってくれたおいしいデザートは
スペイン語で舌を噛みそうな名前だったが忘れました。 
後ろに写っている岩は大地。建物に取り入れたそう。
酔っぱらってもたれかかると地球の鼓動を感じれました?

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和風建築。
クギを使わない組み木の建築を学びに来ている彼も居ました。

みんなフレンドりー、かつ働きもの。
僕が皿を洗い出したらみんなバーっと協力、楽しく♪。
すごくいい場所見つけた!って感じです。

お金が無いけど滞在したいひと、おすすめです。
そんな友人の外国人いらしたら教えてあげてください。
ちなみにヤス君は板沢山持ってるので、サーフィンも覚えられます。


オステオパシー施術院トリート


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新入生歓迎会

今日はお店をお休み。

茅ヶ崎の学院で新入生歓迎会をしてきました。

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えぼし本店 魚がほんとにおいしかったです。


花の第一期生です。

三年間は長いですが、必要な時間です。 あせらず、楽しく行きましょう。


ふつう手技の学校は、

「教えてあげますが、わからない事があったら見て盗みなさい」

「僕くらい上手くなるまでは、質問せず、ただやりなさい」というところが多いのですが、

ウチの学長はこう言います。今日もその言葉を聞く事が出来ました


「新入生のみなさん。一緒に勉強しましょう。」


これですよ。

共に成長する。これ以外ないんです。

人体は全てに共通する万能の答えなんて無いですから、

「ここまで勉強すれば大丈夫」は、ないのです。

常に情報をアップデートして、試行錯誤する覚悟がなくては良い施術家になれないはずです。

それこそ鬼のようにオステオパシーを勉強したウチの親方が言うので、間違い無いです。



まだまだ人体に関わって1ヶ月半の新入生達(一部ベテランも)、

とても初々しいです。


が、目線は同じです。 やりましょう。 正直者のオステオパシー。




オステオパシー施術院トリート
















なぜか集結2

今日、夜に施術中、しつこい電話が。。

なんと昨日のブログで少し触れた、

鎌倉時代(鎌倉に勤務してた時代(笑))の同僚の二人から。


すっかり出来上がった彼らは、「仕事とオレら、どっちが大事なの?」

もちろん答えは「仕事に決まってんじゃん。」と即切り


しかしながら九時過ぎに恵比寿で集結。


しばらく三人で飲んでいると。。。外から窓をたたく女が!

えええ!!?  

なんと、その鎌倉時代のもう一人の同期が、通り過ぎに僕の顔に気がつき、参戦!


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よくこんな感じで飲んでました。 なんなんだこの不思議なこと。


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鎌倉時代。僕達が居た会社は、世間的にはもの凄い評価を得ている会社でした。

とにかく、そこで「営利目的企業の現実」を勉強した僕達は、色々な方向へ進みました。


一人はアウトドアウェアの旗手、ホグロフスを有する企業へ。

一人は人気ブランド、ZARA(ザラ)を有する企業で管理職。

一人は富士登山ガイド&アウトドアイベントの事業を運営。
(→近日改めて紹介します)


おいおい。。。あいかわらずのテンションです。

負けてられません。 僕も頑張ります。




オステオパシー施術院トリート

















トイプードルのばろん君ブログ

スウェーデンに行ってしまった夫婦の事を何回か書きましたが、

嫁のほうのゆうこりんが

トイプードルとの生活inスウェーデン


というブログを始めました。


わんこ好きの方、外国での新生活を見守って頂ける方、

よかったらみて下さい。




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紋付ばろん君

開業前のさみしかった僕の顔を舐め続けてくれました?。



オステオパシー施術院トリート

なぜか集結

今日は午前一番からずっと予約を頂いていたのですが、

先日ブログに書いた(16日分)四万十のとーるさんが今日しか無理との事で、

5時半起きで準備し、早く店をあけての朝からの施術(笑)


四万十の丁寧に作られた栗のお酒、

「ダバダ火振り」の一升瓶を担いで、朝もやを切って来院してくれました。

名前の「火振り」は、たぶん四万十川での漁の時に魚を寄せる為のものだと思っていますが、

「ダバダ」の意味はわかりません。高知にはよく行ってたのですが、ついぞ意味は聞いてません。

でも、たしかに飲んでみるとほわ~んと甘い香りに包まれて、やはりダバダなのだと納得します。


とーるさんは、193cmで、かつスーパーモデル体型なので、

すごく筋肉質ではあるのですが、腰にかかる負担が大きそうです。

姿勢指導には熱が入りました。


朝から、それこそビッグゲストでした。


しかし! 本当に偶然なのですが、

今日はとーるさんの後に、

同じ理由で朝に予約をいれてくれた屋久島のむつみ姉さんが来院。


二人との出会いは全く別々の路線だったのですが、

この二人同士もネイチャーガイド同士として仲良しで、一緒に仕事もする仲だったのです。


むつみさんは屋久島観光協会ガイド部会のホニャララ職につくという立場の方なので、

とうとう昨日、中央からお声がかかったそうです。

霞ヶ関で、観光立国推進本部(国交省管轄)の担当大臣の方々から、

現場の現状についてのヒアリング受けてきたそうです。


国が動きたい方向に、専門家として話をしに行くなんて。 アネキ、やります。

彼女が屋久島に住み始めた15年前なんて(僕が会ったのは翌年)、

日本でのネイチャーガイドの地位は正直無いに等しかったし、

エコツアーなんて言葉を知っている人はごく一部でした。


その場所からひたむきに頑張ってきた彼女を知っているので、

そんな話を聞きながら、感慨深かったです。



なぜか朝のうちから集結して盛り上がったメンバー、

四万十から、屋久島から。。。今は目黒の僕。


長い一日でした。




オステオパシー施術院トリート
















アースデイ東京 先取りしすぎ情報?

今日は、友人が参加するアースデイ東京のレポを入れようと、

いざ代々木へ

アースデイ東京



原宿駅にも看板が出てますね。(右端のやつです。)
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代々木、久しぶりです。
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愛と平和の地球の祭典か、楽しみだなぁ。。

ここが入り口か。。。ん?
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この門、閉まっていると入りづらいなぁ。

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おっやぁ~? 

とんだ勘違いをしてしまっていました。 明日からですかねハイ。

気を取り直します。

いいんです。

今日は久しぶりにこの男に会いにきたのです。

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とーるさん

ストーリーに尽きない方なので、さわりだけ紹介。

・四万十川でカヌーのガイドツアーを主催している↓

四万十塾


・193cm。海外ブランドのモデルをしていた。

・阪神大震災の時は、元気村を立ち上げ、尽力。

・お料理が得意。屋外でのアウトドアや料理のイベントに多く出演(その道で有名人)

・つい先日、「道頓堀に100艇のカヌーを浮かべる」イベントを主催

・音楽はプロとして全国を周っていた。

・前の車の人がタバコをポイ捨てしたので、どこまでも追いかけて
 「落し物ですよ」と渡す人。

などなど書ききれませんが、

想像上の生き物のような、かっこいい人なのです。

四万十の酒、ダバダを振舞われそうになりましたが、
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ダバダ地元瓶

今日は午後から施術で、会場の手伝いを少しして帰りました。。

何日か後に、また会います。


オステオパシー施術院トリート

しばしお別れ

仲のよい夫婦がスウェーデンに行ってしまう事が決まり、

今日の午前中は引越しの手伝い&諸々をしてきた。


以前は出張オステオパシーで通わせていただいていた、旦那のご両親の住むご実家へ。

あいかわらず、家庭菜園と言うのには、もったいないお庭で。。

チューリップ



チューリップって、ポピュラーな花ですが、

改めて見るとやっぱりいいですね。

チューリップ2



はなみずきなんかもあったりして

はなみずき



その他、季節にもよりますが、

水仙
葡萄
りんご
みかん(5種)
無花果

などなど、、

ご近所では少し名所になっているらしいです。



花か葉

花と葉があわさったようなのを発見しました。結構珍しいみたいです。



ばろん

庭では、トリートの問い合わせ確認画面に出演してくれているばろん君が走り回っていました。


写真横で青いビニールシートを被っているのは、僕が十数年前に彼らに売ったカヌーです。

神田でカヌーの販売&ツアー企画をしていた頃に、

医学生であった彼と、お付き合いを始めた頃の彼女が来店してくれた事が出会いでした。


そんな彼も立派な医者となり、甘んじる事なくスウェーデンの病院に勤務(留学)するそうです。


体と心、大事に。  支えあって頑張ってくれると信じています。

そのうち遊びにいこうかな。ヨーロッパのオステオパシーも習いたいし。


僕が昔2人にあげて、使ってもらっていたのですが、

使わなくなったので、今度は別の友人にあげるピアノを車でトリートに運び、

そこでお別れしました。

これからも、楽しくやろうぜ。
目黒通りのぺあの
ぴあのon目黒通り


オステオパシー施術院トリート



東京ラーメン日和

今日は久しぶりに友人のホワイトプルメリア君(ハンドルネーム)と合いました。

彼は以前、「粉博士」としてブログで紹介していて、

遊びに来てくれたトリートでお話を聞いていたのですが、

ちょっと驚きでした!


ラーメンが大好きで、それは趣味だけだと思っていたのですが、

今日は新規開店の有力ラーメン屋さんからの「招待を受けた」帰りとの事。

しかも、そこに居たラーメン界の巨人達ともお知り合いで、

芸能関係の方々とも一緒に食べてきたところだと言う。。。

プロかいな?と冗談を言うと、まんざら冗談でもない雰囲気。。。?

「テレビとか出ちゃえ」って言っておきました(いい雰囲気なんですよ)。


しかし勉強になります。

何事も変態レベルで物事にのめり込むと、社会がほうっておかないのですね。

彼のブログ、ラーメンに興味のある方は是非

東京ラーメン日和



文章と写真のクオリティー、ヤバイです。
転載ホワイトプルメリア
変態、、いや天才から無断転載です。(まずいかな?。。ごめんね。)→後に許可済み

なんか僕も食べた気分です。


追伸:ちなみに、ブログテンプレート変えました。

トリートだけに鳥と。  鳥居とのほうがいい??


もう寝たほうがいいみたいです。




オステオパシー施術院トリート

うみ~。

最近気が付いたことがあり、

僕は店の定休日を茅ヶ崎の学校に出勤していたのですが、

ん? 「50日間休んでいない。。。」

これはまずい。


と、いうことで、朝一で海に行ってきました。

友人の借りたレンタカーで、5時半に千葉の先っぽに到着。

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風が入ってぜんぜん良い波ではなかったけど、

それなりに楽しめました。


なにせ風が合わなかった事と、シーズン的な事もあり、

海の上は友人と二人だけ。

浜で貝殻を拾ったり、癒されてきました~。
→トリート店内の「ガラクタコレクション」に追加~(笑)。


帰って、用意をしてトリートに着いたのが午前10時。

午後からの予約に充分対応できる。。。

施術も絶好調でした。


たまには遊ばなきゃね~。 な朝でした。



オステオパシー施術院トリート
















優しき海人

お世話になった人から連続して連絡をもらった事を書いています。

今回は第三弾。。。沖縄のカヤックの先輩、大城さん。


沖縄は、僕にとってとても大事な場所で、すこし思いが強くなりすぎて、

一ヶ月も更新が出来ませんでした。

更新が出来ないくらいなら、もっと気軽に書こうと思います。。。


沖縄は、大学を出てから、

なぜか南へ南へと向いていた僕の興味の一つのゴールでした。

屋久島~奄美~沖縄と続き、琉球の文化に出会い、

何か自分の中で、表現は出来ないけれど決着したのです。


琉球と台湾は長い交易をしてきた歴史があることは知っていたのですが、

旅の途中にシンガポールの春節のお祭りで見た台湾舞踊団の人々の

衣装が、沖縄のエイサー(お祭り)の衣装とそっくりだったことから、

海という道により僕が育ったヤマトという土地と大陸が繋がっているのだと

実感出来たからかもしれません。


僕は沖縄の自然はもちろん好きですが、

「ちゃんぷるー文化」と表現される沖縄の方々が持つ文化の強さにより惹

かれます。

ちゃんぷるーとは、まぜる、融合させる。という意味だったと思います。

古くから琉球という土地は、今の中国や薩摩、ヤマト、アメリカなどの

影響を受けざる得ない中で、それを上手く取り入れながら、

自分達の文化を大事に育んできました。

そして彼らは(全てではないですが)、

自分達の文化である琉球民謡や三線、食文化を大事にして生きています。

色々な影響を受けつつも、それをちゃんぷるーして、明るく強く生きてゆく。

という意味で、凄く尊敬していますし、

見習うべき部分が大きいと思っています。

今の日本の大人達は、自分達に自信がなさすぎて、

それに対して僕はけっこう危機感を持っているので、

色々書くと重くなるのでやめますが、

僕達は僕達をもっと大事にして生きて良いのでは?と思っています。


さて大城さんの話。

大城さんは、僕が出会いたかった沖縄の人で、

本人は出たがらない方なので色々書くと怒られちゃいますが、

シーカヤックガイドとして沖縄で活躍されています。

漁も得意で、海人(うみんちゅ)

という言葉を聞くと彼を思い出すくらいの、頼れる、優しい方です。


僕が施術中に流している沖縄風音楽は、

彼の友人である「てぃんがーら(天河原、天の川のこと)」のものです。

僕がかなりヤラれているサラリーマン時代、

泡盛でつぶれた後に聞かせてくれました。

包み込むような、やさしい音楽です。


大城さんのお店は漕店(そうてん)と言います。笑点ではないそうです。
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パドリングガイド漕店



慶良間諸島を中心にカヤック&キャンプで島々を巡るツアーをしています。

僕も久しぶりに行きたい。。。






オステオパシー施術院トリート




















伊勢の漢

クリスマス・キャロル第二の使者。。。

僕のシーカヤックの師匠。 シバタさん。

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13年くらい前の話。

屋久島から奄美への旅の最後にシーカヤックと出会った。

海上をゆく為、5m程の長さをもち、

前後の部分にキャンプ道具などを積み込んで

長距離を移動できる船です。

ルーツは北米の先住民がアザラシを狩る為に作られたもので、

伝統的な狩りの道具だったものを60年代のヒッピー達が、

バックパッカーの旅の先に求めたウィルダネス(手付かずの自然)

へ行く為に注目してアレンジしてきたものだと、僕は思っています。


海上を人力で移動し、

人が来ないような海岸でテントを張りキャンプをする。

頼れるのは自分だけ、何も守ってくれない。

けれどその分自由。海上のどこに向かうのも自分次第。

都会で何かに追われて自由を謳歌できない人を自然に連れ出す仕事、

これは面白い、仕事にしよう。と思いました。


奄美でカヤックの店を出す事にした先輩に話を聞くと、

故郷の東京に「本物の店」があるらしい。

それが一部に知られる伝説の?シーカヤックショップ、

「エコマリン東京」だった。


アポ無し突撃直訴して幸運にもスタッフにしてもらったそのショップで、

既に店を辞めてしまってはいたが、

その分シーカヤック漬けの毎日を送るシバタさんに、

シーカヤックの特訓を付けてもらった。


ノルウェーの沿岸3000キロを行くなどの漕力を持ち、

荒れた海が大好きなシバタさんに初心者の僕がついてゆくのは大変で、

シーカヤックは特殊すぎて説明は難しいのですが、

5mのカヤックが縦に回転するくらいの波だとか、

「もうだめかも」と思わせるオフショア(沖に向かう風)

にヤラれそうになるなど、色々な目にあわせてもらった。


人力で海という大きな存在のただ中に居ると、

陸で身に着けた虚栄心や競争心などが全て無駄になり、

本当に必要な部分が磨かれてゆく。


僕がオステオパシー施術において、

がんこなまでに虚勢や経営的な手法を使わないのは、

海とシバタさんの影響が強い。



そんなシバタさんから電話をもらったのは、先週、

むつみさんの入院先から歩いて店に帰ってくる途中だった。

「近くに来ているから飲もうか。」  

五年ぶりの再会だ。


僕はアウトドア業界を離れてからは、

一人前になるまでは昔の知り合いには極力、

会わないと決め事を作ってきた。


中途半端な状態で、仲間達や後輩達がいる世界でホっとしたくなかった。


今は、おかげさまで、多くのクライアント様から

必要だと言って頂けるものを身に付ける事が出来ました。

5年振りにシバタさんから誘ってもらったのは、

全てがぴったり合ったような、不思議なタイミングでした。

シバタさんも今の僕が燃えて仕事をしている姿を喜んでくれた。


数日後、いよいよ封印を解き、

彼の出張講習である東京湾ツアーに参加した。


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レインボーブリッジをくぐり月島へ


久々にシバタさんと海上に浮かび、

何か芯のほうにあった氷が解けてゆくのを感じる事が出来た。

参加者のみなさんとも和気藹々、本当に良い一日でした。


シバタさんは

「シーカヤックを積んでいる車とすれ違うとみんな知り合い」

という状態から三浦半島で活動していたのですが、

「環境をダイレクトに感じられる素晴らしいアクティビティー」

として海好きの人々に認識され始めた事を見届け、

今は、より理想的なゲレンデを求めて伊勢に移り住んでいます。

→ シーカヤック スクール&ツアー アルガフォレスト



「旅がしたい」という人に、お勧めです。


彼が牽引した「エコマリン東京」のスタッフも、

各地でカヤックのショップを開業しています。

佐渡、西伊豆、奄美、太東、人気アウトドアメーカーの

日本支社代表を勤めている人もいます。

ある意味、僕だけ外れてしまった。


今回はその「外れてしまった」けど、

「ここが僕にとってベストで、一生やってゆく意味のある新しい道。」

である事を師匠であるシバタさんに伝える事が出来た。

とても意味のある数日間となりました。


次回は第3の使者です。。。


オステオパシー施術院トリート








屋久島のねえさん

ここ10日間はかなりバタバタとしてました。


色々な出来事があったのですが、

次々と申し合わせたように、

自分に大きな影響を与えてくれた人達との交流がありました。


次々に目の前に現れる様は、

クリスマス・キャロルのようでした。


クリスマス・キャロルは、人間嫌いの守銭奴であるスクルージの前に、

ある日突然、過去、現在、未来の使者が現れて、

色々な大事な事に気がつかされて改心する。。。

といった内容だったと思います。(詳しく覚えてません。)


話は、大学を卒業した頃、

なぜかそのクリスマス・カロルの文庫本(ディケンズの原作)を持って、

衝動的に福岡行きのバスに乗り、

陸路で屋久島に行ったところからはじめましょう。


東京という街も、テレビに映るものも、

就職情報誌にも何の刺激も得られないと思った僕は、

若気の至りで突然屋久島に行こうと思いました。


屋久島にある杉、数千年生きた、

「世界で一番長く生きた生物」という存在が頭を巡り、

「行かなくては!」と、発作的に出かけてしまったのです。

そこで出会ったのが、「屋久島のねえさん」こと、むつみさんでした。


陸路で一週間かけた現地で杉を見てしまった僕は、

旅の目的も、お金も、体力もなくなってしまい、

どっと出た疲れに任せ、港のコンクリート製のベンチで一人、熟睡。


深い眠りの中、

誰かが呼んでいる?

ぼんやりと目を覚ますと、

そこには、しっかりと意思を感じさせる、大きな眼をした女性が。。。

それがむつみさんとの出会いだった。

彼女は言う。

「お前みたいなのがたまにいるんだよね。雰囲気でわかる。」

僕「???」

「亀見に行こうか?」と、続けて彼女は言う。


聞けば屋久島は海亀が産卵に上がる有名な場所で、

島の北西部にある「いなか浜」の上陸頭数は日本一との事。

彼女は亀好きが高じて大阪からその年に移り住み、

現地でガイドの仕事をしているという。

「この人は、なんて変わり者なんだ!」という衝撃も手伝って、

何の目的も無くなってしまった僕は、

夜にカメが上陸するというその「いなか浜」に向かう約束をした。

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「いなか浜」は白砂の大きな浜で、

沖には東シナ海に浮かぶ口永良部島が見える。

浜沿いの走る県道をはさんで、「屋久島うみがめ研究会」の

ボランティアが寝泊りする丸太小屋の「かめハウス」があった。


そこには、まだシーズンが始まったばかりで少ないという

4~5名のボランティアが居て、

夜間に行われる亀の産卵を、亀の邪魔にならないように先導し、

個体調査をしながら、

堤防の砂浜に対するダメージを報告するという作業をしている。


彼らのいでたちは妙で、手には亀の体長をはかる巨大なノギス、

もう一方の手には小型のマグライト、首にはトランシーバー、

腰にはインコネルとよばれる個体標識を亀に付ける道具、

浜の凶暴な蚊に立ち向かう為の徳用のマイキンカン。

少し、かっこいいと思ってしまった。


「亀があがった」という無線からまもなく、

「産卵がはじまった」との知らせを受け、

先導のボランティアに付き初めて暗闇の浜に降りる。

亀は光に敏感な為、明かりは極力点けない。

新月に近いその日は本当に闇に近い状態だった。

浜を漂う蛍、砂を蹴る度に光る夜光虫、離島にふりそそぐ満点の星。。。

その夜のうちに、ここで仲間に入れてもらう事を決意してしまっていた。

きっと実際に亀を見る前の段階で。


そこでの生活は、

夜間に海亀の調査で朝まで浜を歩き、

朝方はみんなで食事を作って酒盛り、

昼過ぎまで雑魚寝、

昼から夜までは巣潜りにカヌーなどのあそび。という日々だった。

小笠原の漁師、水産大の学生、旅人、ナース、現地のお兄さんなど、

色々な人種に囲まれ、二ヶ月程をすごした。


そこで出会った人に、カヌーイストで作家の野田知佑さんの「でっち制度」

で腕を磨いたカヌーイストが居て、アウトドアのノウハウを教わった。


亀のシーズンが終わり、かめハウスが休所する頃となり、

僕はむつみさんが働くガイドショップで、

半年ほど勉強させてもらう事となる。


その年の終わり、カヌーイストの先輩が奄美で店を作る事となり、

共に訪れたその奄美で、

その後10年程のめりこむシーカヤックと初めて出会う事となる。。。

つづく?



さてようやく本題。

その「むつみさん」が、持病の治療の為に、近くの病院に入院していた。

屋久島を離れてしまった後でも、

お月様のように、遠くから見守ってくれていて、

僕がカヤックメーカーにいた頃は商品を買い叩いてくれたし(!?)、

僕がオステオパシー施術者になってからも、

レンタルルームでの施術や、目黒にも来てくれていた。

今回(10日前)は病室ベッドでの施術。。。
(あやしまれない程度に(笑))。


そしてさらに今日は、

嬉しいことに普段むつみさんが使っていたランプをプレゼントしに、

トリートまで持ってきてくれた。

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かざります。 むつみさん、いつもありがとう。


むつみさんは現在も屋久島に住み、バリバリのガイド。。というか、

ちょっと頑張りすぎで、役職を書くと重いのですが、

140人くらいおられる屋久島観光協会ガイド部会の、

なんと、ホニャララを勤められています。


彼女と歌手の池田綾子さんが発起人となって、

毎年開催されているイベント、

やくしま森祭りは、独自のコンセプトに満ちていて、大変盛況のようです。

最近では媒体への出演や官公庁での仕事も増えているようです。

彼女のブログ、やくしまに暮らしては、写真がきれいですし、

面白いのでのぞいてみてください。

ちなみに彼女が撮ったブログ中の写真は、僕のHPの色々な場所に

使用させて頂いています。


僕としては、多忙なむつみさんのお体がちょっと心配ですが、

休む時はしっかり休んで、むつみさんらしく生きて欲しいと願っています。


さぁ、オイラも頑張ります。




オステオパシー施術院トリート


なんという。。。

いやー。

相変わらず、全くオステオパシーとは関係の無い記事ですが。


人生って面白いですね。

この1週間は、昔の先輩達との再会が、

やはり神様はいるの? というくらい続いています。


先週、屋久島でお世話になり姉さんのようにしてくれた人と会い、

三日前にはシーカヤックの師匠で、今は紀伊半島にいる方と会い、

今日は沖縄でお世話になった先輩から連絡をもらいました。


モチベーション、爆発し、

昨日までの3日間は合わせて6時間しか寝ていないのに平気でした。
(今日は12時間寝ました)


昔の知り合いに会う気になれたのも、

やはりこの「オステオパシー施術者」という道で一生やってゆく

という確信が出来たからで、

それは当然、クライアント様方のご支持があるからです。

言葉で表せないくらい感謝しています。

これからも自分のスタイルで、誠心誠意施術してゆきます!。

今日も頑張ります!


僕は、自分自身はすごくないのですが、なぜか

仲良くしてくれた人はみんな活躍してくれているという特徴があります。


書ききれるわけではないですが、

すこしづつここで先輩や仲間を紹介してゆきたいです。






オステオパシー施術院トリート



















開高さん家の庭で

年末年始、色々な知りあいと連絡を取った。

そしてそのうちの何人かと電話で話したり会ったりした。


今はオステオパシーの施術家として仕事にさせて頂いていて、

茅ヶ崎の学校をはじめ、

かけがえの無い施術家の先輩や仲間たちがいます。

今の生活は本当の本番で、迷い無く楽しくやれています。


ただ、忘れてはならないのがそのベースとなった人々との出会い。

僕が長くしていた野外活動(アウトドア)系のしごとの仲間達です。

年末年始、そんな仲間達とのつながりを再確認できたので、

これから少しずつブログで紹介しようかなと思います。

順序を踏んで。

まずはスタートとなった人から。



この方は仲間ではないし、故人なのですが、

僕をアウトドアに連れ出してくれた人です。

開高 健(かいこう たけし)さん。

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[ 開高 健 記念館 ]

芥川賞作家で、名コピーライター(糸井重里さんよりずっと昔)、

日本文学に大きな足跡を残した大作家です。

ベトナムで従軍記者として作戦に参加し、

200名の中から17名だけ生き残った一人でもあります。

と、肩書きのある方ですが、

不謹慎ながら僕が彼を好きなのは、そういう実績ではなく、

文体からあふれ出る彼の誠実さ、反骨精神、人間味に、

すごく憧れているからです。


僕が語る事など出来ない巨人ですが、素敵な言葉を少し紹介します。



「 明日、世界が滅びるとしても  今日、あなたはリンゴの木を植える 」



「 心はアマチュア、  腕はプロ 」



「 悠々として急げ 」



言葉には、それを聞くタイミング、状況があるとは思いますが、

「いいな」と思っていただけると幸いです。。


そんな開高大兄の本は読書家の父親が数冊もっており、
(もちろん僕のアウトドアへのルーツ中のルーツはこの父)

自然と僕も本棚から手にとり読んでいた。


時間は経ち、大学を出る前、就職するか悩んだタイミングで、

僕を遠くの世界に駆り立てたのがこの人のこの言葉。


「 若者よ 立って苦労を求めよ 」 でした。


それが「苦労」か「ただの現実逃避」だったのかの答えは無いのですが、

就職もせずに、未知のものを手にいれようと屋久島へ渡り、

そこに住み着きアウトドアガイドの仕事をする事になってゆくのです。
(屋久島やそこでの仲間の話は、近日中に)


さてさて、題名にある開高さんの庭なのですが、

開高健は晩年は茅ヶ崎に住んでいました。

それもあり、

僕は海関係の仕事や、鎌倉に本社があるアウトドア会社への勤務の為に

茅ヶ崎の彼の家の近くに2年程住んでいた時期があります。

6年後、なんと再度茅ヶ崎でオステオパシー学校の講師をする事となり、

さらにそこでお世話になって毎週飲みに通っているH先生の家が、

開高健邸(現・開高健記念館)のすぐ裏!。。。 

不思議な縁ってあるのですね。

 
ご近所の人との会話の中で、

「最近、開高さん家の庭の森に、とんびが住み着いていて、

ペットが狙われるのが心配。」

という話を聴きました。


そんな話を聞くと、

故人である開高大兄の息吹が感じられるような、感じられないような? 

不思議な感覚にとらわれたり、 します。



オステオパシー施術院トリート










 























粉博士見参

毎年恒例のクリスマスパーティー。


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なぜかデキる友人達が揃います。

例えば、ロケットのエンジンを開発をしている彼や、

医学を極めんとスウェーデンに留学してしまう彼、

社交ダンス(モダン)学生チャンピオンだった彼女、、

僕だけ珍獣です。


ちょっと紹介したいのが、天才・「ホワイトプルメリア(ハンドルネーム)」
くんです。

天才というか変態、、いいぇ天才です。


彼は多才で、経理関係の仕事をバリバリしつつ、

本当に色々な事をしています。


学生時代にその片鱗を見せるのですが、

中学の時にテトラポットの造形美に気が付き購入を検討、

電話で、声変わりをしたばかりの声で業者に問い合わせるも、

「1個25万で50個単位での販売」 に断念。

高校で微生物のチカラに気がつき、お米から酒が出来る事に気がついた彼は、

早速親にナイショでどぶろくを育て、、、

しかし酵母が元気すぎて瓶が爆発!。

親にトラウマになるまでしかられる、、、。

などなど。 変態、 いいぇ天才は人とは違う形成のされ方をするんですね。


彼の才能はほんとに多方面にわたっていて、実態が掴みにくいのですが、

彼曰く、「僕の今の興味は粉物」だそうです。

実際に、以前は絶品のうどんを打ってくれましたし、

彼の天然酵母から育てて作るパンは本当においしいのです。


僕も以前、天然酵母遊び?にはまり、

友人の家の庭のりんごから酵母をとってシードルを作っていました。

酵母の株分けをした人は20人以上。 

一大ブームを引き起こした事があります(笑)


が、彼のように上手く生地を膨らます事は誰も出来ませんでした。


彼は粉好きが高じて、

以前にFC2のラーメンブログでアクセストップを飾っていたそうです。


そんな彼が
 

「幸せの一杯。Second Season」



というブログを再開しました。 らーめん好きの方は本当に必見です。

なにせ変、、天才ですから!。





オステオパシー施術院トリート


























お坊さんになった友人

大阪の会社で働いていた頃にお世話になった先輩から連絡をもらった。

僕が大阪のカヌーインポーター(輸入や製造をしてカヌー屋さんに売る仕事)をしていた頃、業界の先輩である彼に色々と教えてもらった。

彼は国内某トップのアウトドアメーカーに勤めた後、
仲間と三人で立ち上げた新しい神戸のメーカーで営業をしていた。

各メーカーが集うイベントでは、大阪はもとより、香川、和歌山、岡山、山口と、色々同行。たまにするアウトドアでの遊び。連れて行ってもらった沢登りは本当に面白かったー。
何よりやさしくバイタリティーあふれる方なので、安心して色々お話させてもらいました。



そんな彼から連絡をもらった。
すごいタイミング。大阪時代を思い出す夢を見て、朝の四時に目が覚めてしまった後に再び眠る事ができずにPCをチェックしたら、メールが届いていたのだ。

今は裏山に日本最高の行場と言われる「大峰奥駈道」が有る場所に居を構え、カヤックを中心としたツアーを行う傍ら、お坊さんとしても活動している。都会の雑踏の中からやってきたお客様にリラックス&リセットしてもらえるような場所を作っているのだそうだ。

メールは、お互い会社を抜けて独立した事をすごく励ましてくれる内容だった。

昔から色々教えてくれた彼だけど、お坊さんとなると更にありがたさが違うなぁ(笑)

自然、教え、人間。

そんな根源的なものを純粋に追求して、具現化している彼。 

かっこいいなあ。


「いつでも遊びにおいで」

と言ってくれたので、是非行きたいです。


僕には行きたいところがいっぱいあるなあ。

くまのエクスペリエンス







オステオパシー施術院トリート

おめでとー!

なつかしい友達からハッピーなお知らせをもらった。



サカイちゃんとの出会いは10年くらい前に、沖縄で。
シーカヤックという、海の上を歩く、カヤック。
僕が二十代のはじめに奄美で出会って、のめりこんだシーカヤック。
そのシーカヤックツアーの草分け的存在のお店で出会った。
(僕が働いていた東京の店の提携店)

沖縄から「新しい人が入った」と聞いて、すこしうらやましかった。
いや正直、沖縄(慶良間諸島)という場所でガイドをする事にかなりジェラシーを感じた同い年の彼。
それがサカイちゃんだった。

僕がよく用事で沖縄に行くと、浦添にある彼の家に泊めてもらった。
部屋のどこかでヤモリがカリカリと鳴く南国の夜に、
いろんな話をしたなぁ。飲んだなぁ。

ある夜、寝る前に彼の出身の長崎県は大村湾を舞台にした絵本を見せてもらった。
子供の頃から大事にしている本だという。
自然の豊かさをうたった、ほのぼのとした絵本だったことを覚えている。

1989年、サカイ少年の地元で、海に堤防が打ち付けられるショッキングな光景と共に諫早湾干拓事業が行われた。
その話にはちょっと深くふれられない気がして、あまり話してないけど、
東京で見ていた僕もかなり頭にきていた大事件だった。

サカイちゃんが働いていたシーカヤックショップは、シーカヤックにキャンプ道具、食材、なべ、ビールなどを積んで何泊も無人島を転々としながら旅をするというガイドツアーをしていた。
風、波、寒さ、時々サメ、むき出しの自然に人力でぷかぷかと移動するシーカヤックや、無人島の浜で見上げる星空によって、彼が色々な人と共有したかった事が、
そこには確実にあったと思う。


そんな彼が。。。 うんうん。

同い年で、境遇も似ているおいら、本当にうれしいよ。

今は福岡でアウトドア関係の仕事をしつつ、
手先の器用さと情熱を生かして皮細工の財布を作っています。
彼のやさしい性格が出ていて、いい仕事をします。
虚勢の通じない海で頑張ってきたのだから、いい加減なものは作れないよな!
(使い込む程に味がでて、ぜんぜん形も崩れない。僕もお気に入りで持ってました、酔って無くしたけど、えへ。 ごめん。 またよろしく。)

サカイちゃんブログです↓

ninifive




まだ、島ぞうり履いてるんだな。
そのうち福岡いくっちゃんね!。




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プロフィール

トリートTakezo

Author:トリートTakezo
目黒駅の近くで施術院を開院しています。

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オステオパシー施術院トリート
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オステオパシーについては力を入れて、
それ以外はのほほんと書いています。

男性
秋田県角館生まれ
東京育ち
海、山、人が好き 

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