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屋久島のねえさん

ここ10日間はかなりバタバタとしてました。


色々な出来事があったのですが、

次々と申し合わせたように、

自分に大きな影響を与えてくれた人達との交流がありました。


次々に目の前に現れる様は、

クリスマス・キャロルのようでした。


クリスマス・キャロルは、人間嫌いの守銭奴であるスクルージの前に、

ある日突然、過去、現在、未来の使者が現れて、

色々な大事な事に気がつかされて改心する。。。

といった内容だったと思います。(詳しく覚えてません。)


話は、大学を卒業した頃、

なぜかそのクリスマス・カロルの文庫本(ディケンズの原作)を持って、

衝動的に福岡行きのバスに乗り、

陸路で屋久島に行ったところからはじめましょう。


東京という街も、テレビに映るものも、

就職情報誌にも何の刺激も得られないと思った僕は、

若気の至りで突然屋久島に行こうと思いました。


屋久島にある杉、数千年生きた、

「世界で一番長く生きた生物」という存在が頭を巡り、

「行かなくては!」と、発作的に出かけてしまったのです。

そこで出会ったのが、「屋久島のねえさん」こと、むつみさんでした。


陸路で一週間かけた現地で杉を見てしまった僕は、

旅の目的も、お金も、体力もなくなってしまい、

どっと出た疲れに任せ、港のコンクリート製のベンチで一人、熟睡。


深い眠りの中、

誰かが呼んでいる?

ぼんやりと目を覚ますと、

そこには、しっかりと意思を感じさせる、大きな眼をした女性が。。。

それがむつみさんとの出会いだった。

彼女は言う。

「お前みたいなのがたまにいるんだよね。雰囲気でわかる。」

僕「???」

「亀見に行こうか?」と、続けて彼女は言う。


聞けば屋久島は海亀が産卵に上がる有名な場所で、

島の北西部にある「いなか浜」の上陸頭数は日本一との事。

彼女は亀好きが高じて大阪からその年に移り住み、

現地でガイドの仕事をしているという。

「この人は、なんて変わり者なんだ!」という衝撃も手伝って、

何の目的も無くなってしまった僕は、

夜にカメが上陸するというその「いなか浜」に向かう約束をした。

inakahama.jpg


「いなか浜」は白砂の大きな浜で、

沖には東シナ海に浮かぶ口永良部島が見える。

浜沿いの走る県道をはさんで、「屋久島うみがめ研究会」の

ボランティアが寝泊りする丸太小屋の「かめハウス」があった。


そこには、まだシーズンが始まったばかりで少ないという

4~5名のボランティアが居て、

夜間に行われる亀の産卵を、亀の邪魔にならないように先導し、

個体調査をしながら、

堤防の砂浜に対するダメージを報告するという作業をしている。


彼らのいでたちは妙で、手には亀の体長をはかる巨大なノギス、

もう一方の手には小型のマグライト、首にはトランシーバー、

腰にはインコネルとよばれる個体標識を亀に付ける道具、

浜の凶暴な蚊に立ち向かう為の徳用のマイキンカン。

少し、かっこいいと思ってしまった。


「亀があがった」という無線からまもなく、

「産卵がはじまった」との知らせを受け、

先導のボランティアに付き初めて暗闇の浜に降りる。

亀は光に敏感な為、明かりは極力点けない。

新月に近いその日は本当に闇に近い状態だった。

浜を漂う蛍、砂を蹴る度に光る夜光虫、離島にふりそそぐ満点の星。。。

その夜のうちに、ここで仲間に入れてもらう事を決意してしまっていた。

きっと実際に亀を見る前の段階で。


そこでの生活は、

夜間に海亀の調査で朝まで浜を歩き、

朝方はみんなで食事を作って酒盛り、

昼過ぎまで雑魚寝、

昼から夜までは巣潜りにカヌーなどのあそび。という日々だった。

小笠原の漁師、水産大の学生、旅人、ナース、現地のお兄さんなど、

色々な人種に囲まれ、二ヶ月程をすごした。


そこで出会った人に、カヌーイストで作家の野田知佑さんの「でっち制度」

で腕を磨いたカヌーイストが居て、アウトドアのノウハウを教わった。


亀のシーズンが終わり、かめハウスが休所する頃となり、

僕はむつみさんが働くガイドショップで、

半年ほど勉強させてもらう事となる。


その年の終わり、カヌーイストの先輩が奄美で店を作る事となり、

共に訪れたその奄美で、

その後10年程のめりこむシーカヤックと初めて出会う事となる。。。

つづく?



さてようやく本題。

その「むつみさん」が、持病の治療の為に、近くの病院に入院していた。

屋久島を離れてしまった後でも、

お月様のように、遠くから見守ってくれていて、

僕がカヤックメーカーにいた頃は商品を買い叩いてくれたし(!?)、

僕がオステオパシー施術者になってからも、

レンタルルームでの施術や、目黒にも来てくれていた。

今回(10日前)は病室ベッドでの施術。。。
(あやしまれない程度に(笑))。


そしてさらに今日は、

嬉しいことに普段むつみさんが使っていたランプをプレゼントしに、

トリートまで持ってきてくれた。

350467.jpg
かざります。 むつみさん、いつもありがとう。


むつみさんは現在も屋久島に住み、バリバリのガイド。。というか、

ちょっと頑張りすぎで、役職を書くと重いのですが、

140人くらいおられる屋久島観光協会ガイド部会の、

なんと、ホニャララを勤められています。


彼女と歌手の池田綾子さんが発起人となって、

毎年開催されているイベント、

やくしま森祭りは、独自のコンセプトに満ちていて、大変盛況のようです。

最近では媒体への出演や官公庁での仕事も増えているようです。

彼女のブログ、やくしまに暮らしては、写真がきれいですし、

面白いのでのぞいてみてください。

ちなみに彼女が撮ったブログ中の写真は、僕のHPの色々な場所に

使用させて頂いています。


僕としては、多忙なむつみさんのお体がちょっと心配ですが、

休む時はしっかり休んで、むつみさんらしく生きて欲しいと願っています。


さぁ、オイラも頑張ります。




オステオパシー施術院トリート


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なんという。。。

いやー。

相変わらず、全くオステオパシーとは関係の無い記事ですが。


人生って面白いですね。

この1週間は、昔の先輩達との再会が、

やはり神様はいるの? というくらい続いています。


先週、屋久島でお世話になり姉さんのようにしてくれた人と会い、

三日前にはシーカヤックの師匠で、今は紀伊半島にいる方と会い、

今日は沖縄でお世話になった先輩から連絡をもらいました。


モチベーション、爆発し、

昨日までの3日間は合わせて6時間しか寝ていないのに平気でした。
(今日は12時間寝ました)


昔の知り合いに会う気になれたのも、

やはりこの「オステオパシー施術者」という道で一生やってゆく

という確信が出来たからで、

それは当然、クライアント様方のご支持があるからです。

言葉で表せないくらい感謝しています。

これからも自分のスタイルで、誠心誠意施術してゆきます!。

今日も頑張ります!


僕は、自分自身はすごくないのですが、なぜか

仲良くしてくれた人はみんな活躍してくれているという特徴があります。


書ききれるわけではないですが、

すこしづつここで先輩や仲間を紹介してゆきたいです。






オステオパシー施術院トリート



















学院説明会

今日はお休みを頂いて、

茅ヶ崎にある■NPO法人 アトラス・オステオパシー学院

学校説明会を開催してきました。

参加者の皆様方の意識は大変高く、講師一同、テンションもりもりです。
(参加者の皆様、お疲れ様でした。)

これから業界を作ってゆくメンバーとして、共に頑張りましょう。


前回の説明会、個人面談をあわせ、

今のところ入学を決めていただいた方々は殆どが女性です。

男性陣にも、もっとオステオパシーを知ってほしい!

女性人にも、もっと良いものだと知ってほしい!


と、講師スタッフ一同願っております。


次回の説明会は2月28日(日曜日)です。

「人に喜んで頂き、その対価を頂くという形で仕事をしてゆきたい」

「オステオパシーの哲学、知識、技術を身に着けて、理想的な生活を手に入れたい」

という方は、参加をお待ちしています。



さて、そんな午後からの説明会の前に、

雑誌取材という事で、裏の砂浜で講師達が集まって写真を撮りました。

海、富士山、烏帽子岩などを背景に。。。。正直ちょっと恥ずかしかったです(笑)。


天気が良くて撮影日和でした。

south.jpg



オステオパシー施術院トリート






腰痛警報発令中!by 堀田貴之さん

うっかり忘れていました。

先日施術を受けて頂いた放浪アウトドアライターの堀田貴之さんが、

ご自分のブログに記事を書いてくれているので紹介させて頂きます。

さすがプロフェッショナル。

ユーモアや表現力が、すごい。 シアワセです。


↓是非記事を見てください。クリックでページにとびます。

小学館 もういちどBE-PAL それでも出かけたい人達へ




堀田さん ありがとうございます!



オステオパシー施術院トリート





開高さん家の庭で

年末年始、色々な知りあいと連絡を取った。

そしてそのうちの何人かと電話で話したり会ったりした。


今はオステオパシーの施術家として仕事にさせて頂いていて、

茅ヶ崎の学校をはじめ、

かけがえの無い施術家の先輩や仲間たちがいます。

今の生活は本当の本番で、迷い無く楽しくやれています。


ただ、忘れてはならないのがそのベースとなった人々との出会い。

僕が長くしていた野外活動(アウトドア)系のしごとの仲間達です。

年末年始、そんな仲間達とのつながりを再確認できたので、

これから少しずつブログで紹介しようかなと思います。

順序を踏んで。

まずはスタートとなった人から。



この方は仲間ではないし、故人なのですが、

僕をアウトドアに連れ出してくれた人です。

開高 健(かいこう たけし)さん。

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[ 開高 健 記念館 ]

芥川賞作家で、名コピーライター(糸井重里さんよりずっと昔)、

日本文学に大きな足跡を残した大作家です。

ベトナムで従軍記者として作戦に参加し、

200名の中から17名だけ生き残った一人でもあります。

と、肩書きのある方ですが、

不謹慎ながら僕が彼を好きなのは、そういう実績ではなく、

文体からあふれ出る彼の誠実さ、反骨精神、人間味に、

すごく憧れているからです。


僕が語る事など出来ない巨人ですが、素敵な言葉を少し紹介します。



「 明日、世界が滅びるとしても  今日、あなたはリンゴの木を植える 」



「 心はアマチュア、  腕はプロ 」



「 悠々として急げ 」



言葉には、それを聞くタイミング、状況があるとは思いますが、

「いいな」と思っていただけると幸いです。。


そんな開高大兄の本は読書家の父親が数冊もっており、
(もちろん僕のアウトドアへのルーツ中のルーツはこの父)

自然と僕も本棚から手にとり読んでいた。


時間は経ち、大学を出る前、就職するか悩んだタイミングで、

僕を遠くの世界に駆り立てたのがこの人のこの言葉。


「 若者よ 立って苦労を求めよ 」 でした。


それが「苦労」か「ただの現実逃避」だったのかの答えは無いのですが、

就職もせずに、未知のものを手にいれようと屋久島へ渡り、

そこに住み着きアウトドアガイドの仕事をする事になってゆくのです。
(屋久島やそこでの仲間の話は、近日中に)


さてさて、題名にある開高さんの庭なのですが、

開高健は晩年は茅ヶ崎に住んでいました。

それもあり、

僕は海関係の仕事や、鎌倉に本社があるアウトドア会社への勤務の為に

茅ヶ崎の彼の家の近くに2年程住んでいた時期があります。

6年後、なんと再度茅ヶ崎でオステオパシー学校の講師をする事となり、

さらにそこでお世話になって毎週飲みに通っているH先生の家が、

開高健邸(現・開高健記念館)のすぐ裏!。。。 

不思議な縁ってあるのですね。

 
ご近所の人との会話の中で、

「最近、開高さん家の庭の森に、とんびが住み着いていて、

ペットが狙われるのが心配。」

という話を聴きました。


そんな話を聞くと、

故人である開高大兄の息吹が感じられるような、感じられないような? 

不思議な感覚にとらわれたり、 します。



オステオパシー施術院トリート










 























迎春!

クライアントの皆様。

ブログをチェックしてくれている皆様。


あけましておめでとうございます!。

今年も宜しくお願いします!。

今年も皆様が健康のうちに過ごせますようお祈り致します!。

mimami.jpg
トリートからの眺め


お正月はいかが過ごされたでしょうか?

私のお正月はというと、ずばり寝正月でした。

年末は忙しかったので、実家に戻った大晦日からほとんど寝っぱなしで、

やはり見事な不摂生で体調を壊し、、

腰や肩、首が痛くなり、、、

専門であるオステオパシーを自らに用いてV字回復!(笑)


特に頚部に用いるカウンターストレインというテクニック
(体を楽な位置に持って行き神経の異常興奮を正常化するものです。
 いつか説明します)

は、これは基本的には自分自身には出来ないのですが、

良くなりたい一心でなんとか自力でも少し出来るようになってしまい、、

一人でする姿はちょっとお間抜けなのですが、その効果たるや・・・

やはり、すごい!

楽しくて、嬉しくなって3時間くらい頚の角度や圧を研究していたら、、

やりすぎてめまいがしてしまいました、、、(当然ですが)。

[ 危険なのでまねをしないで下さい ]といった感じです。

もちろんクライアント様に対しては、

こんなおばかな事はしませんのでご安心を。

仕事 オステオパシー

趣味 オステオパシー

なものですから。。 


とにかく、沢山寝て、たっぷり食べて、しっかり休んで、

更にオステオパシー施術に対する気持ちを引き締めた正月でした。



さて! 
今年のオステオパシー施術院トリートは本日より営業を開始致します。

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寅年だけに! とらやの羊羹を用意してお待ちしています。

甘党の方は声をかけて下さい。お茶と一緒にお出しします。

左の手はワタクシ、寅年生まれの35歳でございます。





オステオパシー施術院トリート

















プロフィール

トリートTakezo

Author:トリートTakezo
目黒駅の近くで施術院を開院しています。

HP↓
オステオパシー施術院トリート
画面左下のカテゴリについて↓
オステオパシーについては力を入れて、
それ以外はのほほんと書いています。

男性
秋田県角館生まれ
東京育ち
海、山、人が好き 

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