2014.01.26
温故知新
最近知ってなぜかハマっているひと達。

まず一枚の写真から。
これは1920~30年代のもの。場所はパリ。
妙に気になる人いませんか?
右から4番目。藤田嗣治(つぐはる)。

約100年前ですよ。あなた。

「カフェにて」
日本の画家で、エコールドパリといわれるシャガールやモディリアーニ、
マリーローランサンらが代表する画家達の時代。
彼はエコールドパリ「パリ派」を牽引する一人として一世を風靡し、
またそのキャラクターから戦間期の1920年代、
狂瀾のパリで祝祭の帝王と呼ばれていた。。。
しかも父親は中将にあたり森鴎外の後任にあたる陸軍軍医総監。。。
日本人としての誇りを大事にした彼は第二次大戦中に
国の為に戦争画を描いたが、彼が世界的な画家となったことによる
日本画壇のつまらないやっかみにより国を追われる。
70を過ぎてからカトリックの洗礼を受け、
レオナールフジタと名乗り生涯制作意欲は衰えなかった。。。
すごい馬力なのです。
そしてもう一人。
右端の人物。
薩摩治郎八。

超キメ写真なわけですが、、、
彼がすごいのは、本気なところです(笑) 本物の伊達男なのです。
現代のテレビに出てくるイケメンは、彼に比べると演じているだけ。
彼は大富豪の三代目として、
御茶ノ水の高台にある敷地一万数千坪の家で育ち。。。
18か19歳でオックスフォード大への留学を口実にイギリスに渡るや、
大学がつまらなくなり大金にものを言わせ、
一流のおめかしをして社交界へデビュー。
知り合った当時世界一の有名人、
アラビアのロレンスに感化されフランス外人部隊に参加、
アルジェの戦いで負傷しパリへ。
惜しみない芸術への出資、豪快かつ華麗な振る舞いから社交界で名を轟かせ、
伯位も無いのに男爵、バロン薩摩と呼ばれる。
当時パリで一番の女優らとお付き合いしたり、
侯爵の愛人に手を出しベルサイユ宮殿で決闘(笑)、
そして侯爵の手をピストルで打ち勝利。
美術や舞台などの美に生き、
その為に今の金額で600億もの資金を蕩尽(とうじん)した。
藤田のよきパトロンであり、最大の功績としては、
在パリ日本人芸術家の為の留学生用宿泊研修施設「日本館」を建設。
当時日本国から予算がおりなかったので、「じゃあ僕が」というわけです。
戦後は本人の浪費や家業衰退により一文無しに近い状態になれど、
敵国であるフランスから個人の人脈を使い邦人の帰国に尽力、、、
文化や人の交流に寄与した功績が認められ国内外から様々な賞を受賞、、。
とまあ、現代ではありえないおとぎ話の世界ですね。
お金の使い方自体が芸術というか。まあおバカさんと言う人も居ると思いますが、
現代のお金持ちであるビルゲイツが世界の為に何が出来ているか、
何もできずただ精神を病んでいるわけです。
社会的(企業的)責務として、税金的な構造で慈善団体への
寄付などはしているでしょうが、飛躍や痛快さはあまりないですよね。
無責任に言うと、面白さでは断然薩摩です。
世の中には僕の知らないことがまだまだいっぱいあるわけですね。
二人に感銘を受けていることとして、
(最近薩摩の本を読み始めたところで、詳しくはこれから勉強しますが、、、)
お金持ちであったことは別として、世界がまだ完成していなかった頃のその精神、
なんだか現代人が作ってしまった様々な枠を超えてゆく馬力は、
すごいと思います。
面白い人、いますね~。

まず一枚の写真から。
これは1920~30年代のもの。場所はパリ。
妙に気になる人いませんか?
右から4番目。藤田嗣治(つぐはる)。

約100年前ですよ。あなた。

「カフェにて」
日本の画家で、エコールドパリといわれるシャガールやモディリアーニ、
マリーローランサンらが代表する画家達の時代。
彼はエコールドパリ「パリ派」を牽引する一人として一世を風靡し、
またそのキャラクターから戦間期の1920年代、
狂瀾のパリで祝祭の帝王と呼ばれていた。。。
しかも父親は中将にあたり森鴎外の後任にあたる陸軍軍医総監。。。
日本人としての誇りを大事にした彼は第二次大戦中に
国の為に戦争画を描いたが、彼が世界的な画家となったことによる
日本画壇のつまらないやっかみにより国を追われる。
70を過ぎてからカトリックの洗礼を受け、
レオナールフジタと名乗り生涯制作意欲は衰えなかった。。。
すごい馬力なのです。
そしてもう一人。
右端の人物。
薩摩治郎八。

超キメ写真なわけですが、、、
彼がすごいのは、本気なところです(笑) 本物の伊達男なのです。
現代のテレビに出てくるイケメンは、彼に比べると演じているだけ。
彼は大富豪の三代目として、
御茶ノ水の高台にある敷地一万数千坪の家で育ち。。。
18か19歳でオックスフォード大への留学を口実にイギリスに渡るや、
大学がつまらなくなり大金にものを言わせ、
一流のおめかしをして社交界へデビュー。
知り合った当時世界一の有名人、
アラビアのロレンスに感化されフランス外人部隊に参加、
アルジェの戦いで負傷しパリへ。
惜しみない芸術への出資、豪快かつ華麗な振る舞いから社交界で名を轟かせ、
伯位も無いのに男爵、バロン薩摩と呼ばれる。
当時パリで一番の女優らとお付き合いしたり、
侯爵の愛人に手を出しベルサイユ宮殿で決闘(笑)、
そして侯爵の手をピストルで打ち勝利。
美術や舞台などの美に生き、
その為に今の金額で600億もの資金を蕩尽(とうじん)した。
藤田のよきパトロンであり、最大の功績としては、
在パリ日本人芸術家の為の留学生用宿泊研修施設「日本館」を建設。
当時日本国から予算がおりなかったので、「じゃあ僕が」というわけです。
戦後は本人の浪費や家業衰退により一文無しに近い状態になれど、
敵国であるフランスから個人の人脈を使い邦人の帰国に尽力、、、
文化や人の交流に寄与した功績が認められ国内外から様々な賞を受賞、、。
とまあ、現代ではありえないおとぎ話の世界ですね。
お金の使い方自体が芸術というか。まあおバカさんと言う人も居ると思いますが、
現代のお金持ちであるビルゲイツが世界の為に何が出来ているか、
何もできずただ精神を病んでいるわけです。
社会的(企業的)責務として、税金的な構造で慈善団体への
寄付などはしているでしょうが、飛躍や痛快さはあまりないですよね。
無責任に言うと、面白さでは断然薩摩です。
世の中には僕の知らないことがまだまだいっぱいあるわけですね。
二人に感銘を受けていることとして、
(最近薩摩の本を読み始めたところで、詳しくはこれから勉強しますが、、、)
お金持ちであったことは別として、世界がまだ完成していなかった頃のその精神、
なんだか現代人が作ってしまった様々な枠を超えてゆく馬力は、
すごいと思います。
面白い人、いますね~。
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